信徒各位、日在メールです。歯科医師になり、病院のインターンとして5人の仲間と共に仕事を始めました。しかし、指導教授の理不尽な言葉や態度に悩まされ、1人が病院を辞めてしまいました。ここは御宝前におすがりするしかないと考え母にも相談して、指導教授の有縁無縁の塔婆を建てました。するとすぐに問題は解決したのです。 連絡先(nitizai@myooji.com) 水谷信洋
月別: 2019年12月
日在R011210 諦めない姿勢を
信徒各位、日在メールです。母は、信心にあまり理解を示さない父に信心を伝えようと、これまで諦めずに頑張ってきました。そのお陰か父もお題目を唱えるようになり、今では夫婦そろって御講参詣も出来るようになりました。でも、油断をするとまた理屈をこねはじめるので、残っている疑いを取り払おうと諦めずに願い続けています。 連絡先(nitizai@myooji.com) 水谷信洋
日在R011209 ニコニコしてお寺参詣
信徒各位、日在メールです。大病を抱えているにもかかわらず、いつもニコニコしてお寺参詣をつづけている信者がいます。病気だけを見つめていると悲観したくなるような現状をものともせず、周囲の方々にもお寺参詣をつづけられる喜びを語り伝えています。迷わない疑わない信心の姿勢を私もお手本にして頑張りたいと思います。 連絡先(nitizai@myooji.com) 水谷信洋
日在R011208 非常事態にも
信徒各位、日在メールです。いつも朝参詣をしていた信者仲間がこの数日顔を見せないので家を訪ねました。管理人に鍵を開けてもらって中に入ると、脳梗塞の症状で半身が動きません。すぐ救急車をたのみ、信者仲間に連絡してお助行し、お寺をあげて応援祈願をさせてもらいました。お陰で身体の機能も徐々に快復、話せるようになりました。 連絡先(nitizai@myooji.com) 水谷信洋
日在R011207 嫁ぎ先は真言宗
信徒各位、日在メールです。私が嫁いだ先の宗旨は真言宗でした。お姑さんはお題目の信心を嫌っていて、ことあるごとに私は拝まないからね、と言っていたのです。それが、泊りがけの団参に私が出掛けるのに興味をもち、次第にお姑さんも参加するようになりました。親しい仲間も出来て、ついに転壇入講、熱心な信者となりました。 連絡先(nitizai@myooji.com) 水谷信洋
日在R011206 周囲の人に伝えていた
信徒各位、日在メールです。妹は、とにかくよくありがたいありがたいと口にする人でした。孫がスポーツでケガをして帰って来ても、その位で済んで良かった、ありがたいね、と言うのです。家族のみならず、周囲の人にもありがたいと言っていました。その姿勢は、晩年になって病床についても生涯変わることはありませんでした。 連絡先(nitizai@myooji.com) 水谷信洋
日在R011205 三分の一がもう来ない
信徒各位、日在メールです。毎日が感謝の気持ちでいっぱいです。80を超えるとクラス会や会社の同僚も、三分の一がもう来られなくなりました。そんな中で私は毎朝元気に目覚めることができます。今日も命があって有難いと感謝を申し上げます。自分の足で歩いてお寺参詣に向かうことができます。本当にありがたいことと感謝しています。 連絡先(nitizai@myooji.com) 水谷信洋
日在R011204 身をもってのご指導
信徒各位、日在メールです。26年前に亡くなられた先輩信者に拍子木の打ち方を教わりました。拍子木の持ち方は左のわきを締める、左手の手の平は音が逃げないように、打ち始めはゆっくり等々、それはもう丁寧に。さらに、御講の時は隣に座って手本を示す等、身をもってご指導をいただきました。それが今でも大変役に立っています。 連絡先(nitizai@myooji.com) 水谷信洋
日在R011203 初物だから御法様に
信徒各位、日在メールです。ご奉公を終えて家に帰ると、御宝前に果物が供えられていました。どうしたの?と聞くと主人は、果物屋の店員が今年初めて柿を入荷したと言うので初物だから御法様にと思った、というわけです。さらに、お花の水も取り換えておいてくれました。この頃は、夕方のお看経もいっしょに後ろに座ってくれます。 連絡先(nitizai@myooji.com) 水谷信洋
日在R011202 九死に一生を得る
信徒各位、日在メールです。台風19号が上陸して各地に甚大な被害をもたらしました。役所に勤める信者が公用車で巡回中に急にハンドルをとられ、車ごと流されたのです。左右とも田んぼが広がっている地域のはずが、その時は一面の川のようでした。水圧でドアは開きませんが、なぜか窓は開いたので車から脱出。九死に一生を得ました。 連絡先(nitizai@myooji.com) 水谷信洋